自己紹介

私は現在、岡山大学で情報セキュリティや暗号技術の研究・教育に携わっています。専門は、楕円曲線暗号、ペアリング暗号、耐量子計算機暗号、準同型暗号などです。
また、研究だけでなく、岡山大学のDX推進・情報セキュリティ担当副理事や、おかやまデジタルイノベーション創出プラットフォーム(OI-Start)の会長なども務めています。
小・中時代

振り返ってみると、今の自分につながる原点は、とても単純です。
昔から、とにかく数学が好きでした。
小学生の頃の通信簿には、算数の問題を間違えると泣きながら悔しがっていた、と書かれていたそうです。それを見た母親が、「この子は数学が好きらしい」と思い、そろばんに通わせてくれました。
もっとも、後になって聞いたところでは、「家にいるとうるさいから、そろばんに行かせた」という理由もあったようですが(笑)。
私にとって数学は、勉強というより遊びに近いものでした。問題を見ると解いてみたくなる。難しい問題ほど面白い。間違えると悔しい。そして、解けるまでいつまでも考えていられる。そんな子どもでした。
中学校に入っても、その感覚は変わりませんでした。
数学については、試験前に特別な勉強をするという感覚はあまりありませんでした。後になって聞いたのですが、当時の先生が後輩たちに、「13回の試験のうち10回100点を取った生徒がいた」と、私のことを話してくださっていたそうです。
それを知った時は素直に嬉しかったですね。100点そのものより、自分のことを先生が覚えていて、後輩たちにまで話してくださっていたことが嬉しかったのだと思います。
渋川高校時代
当時は学区の関係もあり、自分の住んでいた地域から進学できる学校として渋川高校を選びました。
渋高には優秀な仲間がたくさんいました。同級生には、現在、国立天文台で研究している青木和光君もいて、彼の姿から随分刺激を受けました。その一方で、数学については、「ここだけは負けたくない」という気持ちが強かったですね。
高校生になると、単に与えられた問題を解くだけでは物足りなくなっていました。問題の中に規則性を見つけると、「これは一般化できるんじゃないか」「こういう公式のような形にできないか」と、自分で考えることが面白くなっていました。
もちろん高校生なりの小さな発見ですが、自分で規則を見つけ、それを式にしたり、自分なりの公式のようなものを作ったりすることが、とても楽しかったのを覚えています。
ただ、高校生活がずっと順調だったわけではありません。
高校2年生の頃だったと思います。当時は下宿生活をしていたこともあって、なかなか勉強に集中できず、成績を落としてしまった時期がありました。それを心配した母親が、古典を教えてくださっていた町田先生に私のことを相談したそうです。そのことを、私は後になって知りました。町田先生は、そんな私に本気で向き合ってくださり、「横道に外れるな!」と叱ってくれました。
当時の私は、その背景までは知りませんでしたし、その言葉の重みを十分に分かっていなかったかもしれません。でも今振り返ると、母親が私の将来を心配して先生に相談し、先生もまた、一人の生徒のこととして真剣に受け止めてくださった。そのことが本当にありがたかったのだと思います。
自分一人では見失いかけていた方向を、周囲の大人が戻してくれた。この経験は、後に自分が学生を指導する立場になってからも、何度も思い出すことになりました。
私にとって渋川高校は、好きだった数学を思い切り学び、良い仲間や先生方と出会い、自分自身の礎を築くことのできた、本当に恵まれた環境でした。
渋高から信州大学へ(研究者への道)
高校卒業後は、信州大学へ進学しました。
自然に囲まれた環境の中で先生や仲間と出会い、専門知識だけでなく、自分自身を育ててもらったように思います。言い方を変えるなら、人材を育てるというより、人物を育ててもらったという感覚があります。
大学4年生で研究室を選ぶ時、私は、「数学を道具として工学をやりたい」と考えました。純粋数学そのものではなく、大好きな数学を使って、現実の問題を解く研究がしたかったのです。
そこで出会ったのが、当時まだ珍しかった暗号数学でした。暗号では、整数論や有限体、楕円曲線などの数学が、そのまま情報を守る技術になります。ずっと好きだった数学が、社会を支える工学になる。
「こんな世界があるのか」と思いました。
そこから、暗号技術を軸として、情報セキュリティそのものへと興味が広がっていきました。修士課程でも暗号の研究を続けました。そして修士課程の時、指導教授から博士後期課程への進学を勧めていただきました。
その時にまず思ったのは、「まだ自分の好きな数学を続けられるんだ」という嬉しさでした。最初から大学教授になろうとか、研究者として生きていこうとか、そんな大きな将来設計をしていたわけではありません。ただ、好きな数学をもっと続けられる。それが嬉しかったのです。
博士後期課程では、奨学金を受け、塾講師のアルバイトなどもしながら生活を支えました。それでも、好きだからもう少し先まで行ってみたい、という思いの方が強かったのだと思います。
博士後期課程で研究を続けていた頃、さらに大きな転機がありました。
岡山大学の当時の研究室教授が私の研究に目を留めてくださり、助手として声をかけていただきました。研究を続けながら、それを仕事にできる。そのことは、若かった私にとって大きな喜びでした。
一方で、岡山大学への着任は、自分一人の思いだけで決められることではありませんでした。地元から遠く離れた岡山へ移るということは、当時の私にとっても、家族にとっても大きな決断でした。心配もあったはずです。
それでも父と母は、「行ってこい。自分がどこまで突き詰められるか、試してこい!」そんな思いで背中を押してくれました。
その家族のエールがなければ、岡山へ行くという決断はできなかったと思います。だからこそ、岡山に来てからは、「自分にできる最大とは何なのか」ということを、ずっと考えてきました。
信州大学から岡山大学へ

岡山大学には1999年に助手として着任し、その後、准教授、教授となりました。
着任後は、暗号技術を軸に研究を続けてきました。
楕円曲線暗号やペアリング暗号、乱数、耐量子計算機暗号、準同型暗号などを対象にしながら、IoT機器の認証や、機器から漏れる電磁ノイズなどを利用した攻撃への耐性評価、医療情報のセキュアな管理など、実際の社会システムを意識した研究にも取り組んできました。
研究を続ける中で、自分自身の関心も、「強い暗号を作る」というところから、暗号をどう実装し、どう安全に使い、現実の情報システムをどう守るかという、より広い情報セキュリティへと広がっていきました。
研究室でも、暗号理論だけでなく、IoTセキュリティ、安全性評価、誤り訂正、AIを用いたセキュリティ評価など、さまざまなテーマに取り組むようになりました。また、長く大学で研究や教育に携わる中で、研究成果を社会や人材育成にどうつなげるかということも、大きなテーマになっていきました。
企業や自治体との共同研究、情報セキュリティ人材の育成、医療情報セキュリティ、地域のDXなどへと活動の幅を広げ、研究室の中だけで完結するのではなく、大学で培った技術や人材を社会にどう還元していくかを考えるようになりました。
2021年からは、岡山大学のDX推進・情報セキュリティ担当副理事として、大学全体のDXや情報セキュリティにも関わっています。また、岡山大学グリーンイノベーションセンターのグリーンバイデジタル部門長として、デジタル技術を農林業などの地域課題に生かす取り組みにも関わっています。
さらに、おかやまデジタルイノベーション創出プラットフォーム(OI-Start)の会長として、大学、企業、自治体などをつなぎ、AIやIoT、データサイエンスなどの技術を活用した地域課題の解決や、新しい取り組みの創出にも携わっています。
近年は、AIが急速に普及し、情報セキュリティの世界でも大きな変化が起きています。AIそのものをどう安全に使うのかというSecurity for AIと、AIを活用してセキュリティを高めるAI for Security。この両面が、これからますます重要になっていくと考えています。
暗号から始まった自分の研究も、情報セキュリティ、IoT、AI、そしてDXへと広がってきました。

振り返ってみると、大学4年生の時に考えた、「数学を道具として工学をやりたい」という思いは、今も大きくは変わっていません。ただ、その道具が数学や暗号だけでなく、情報セキュリティやAI、IoT、DXへと広がり、向き合う対象も研究テーマから大学、地域、社会へと広がってきたのだと思います。
その出発点には、数学が好きだった自分がいて、渋川高校でその「好き」を思い切り伸ばすことのできた時間があります。
今振り返れば、あの頃から続いてきたものが、形を変えながら今の仕事につながっているのだと思います。
略 歴
野上 保之(のがみ やすゆき)
群馬県草津町出身。
1987年4月 群馬県立渋川高等学校入学
1990年3月 群馬県立渋川高等学校卒業
1994年3月 信州大学工学部電気電子工学科卒業
1996年3月 信州大学大学院工学系研究科修士課程 電気電子工学専攻修了
1999年3月 信州大学大学院工学系研究科博士課程 システム開発工学専攻修了、博士(工学)
1999年4月 岡山大学工学部 助手
2010年4月 岡山大学大学院自然科学研究科 准教授
2017年4月 岡山大学大学院自然科学研究科 教授
2021年4月 岡山大学 DX推進・情報セキュリティ担当副理事
2022年4月 岡山大学グリーンイノベーションセンター グリーンバイデジタル部門長
2023年4月 岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域 教授
2024年4月 おかやまデジタルイノベーション創出プラットフォーム(OI-Start)会長
現在に至る。
専門分野
情報セキュリティ、暗号理論、情報理論、楕円曲線暗号、ペアリング暗号、耐量子計算機暗号、準同型暗号、IoTセキュリティ、AIセキュリティ。
主な活動
岡山大学におけるDX・情報セキュリティの推進に加え、産学官連携による地域DX、AI・IoT活用、情報セキュリティ人材育成などに取り組む。おかやまデジタルイノベーション創出プラットフォーム(OI-Start)会長として、企業・自治体・大学をつなぐデジタルイノベーションの創出を推進している。
2026年、「情報通信月間」中国総合通信局長表彰を受賞。サイバーセキュリティの普及啓発、地域のセキュリティコミュニティ形成、人材育成への貢献が評価された。

以上
